(大学生パラレル+花井が南の島にいます)
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0時を23分過ぎた時間だった。
時間を確かめるために携帯を開くと、着信が一件残っていた。
「誰だろう、こんな時間に、」
俺は小さく口の中だけでそう呟いて、ボタンを押した。
携帯のディスプレイに表示された名前に、思わず息を呑んだ。
「阿部隆也」
着信があった時間は23分前だった。
「やべ、」
さっきよりは少し大きな声だったので、隣に居た先輩が振り向いた。
「花井ー!お前の誕生日祝ってんだぞ?お前が飲まなくてどーすんだよ」
そう言って俺のコップに先輩がアルコール度数が高いお酒をなみなみと注いだ。
その溢れんばかりにお酒が注がれたコップに情けをかけた同学年の子が氷を2つ入れてくれた。
「ちょっとすいません、電話掛けてきます」
俺はコップのお酒を一口飲んでからそう言った。
「おお?色気のある電話かー?彼女なら呼べ呼べ!!」
「花井が女呼ぶってよ!!」
「やべー、誰かちょっと片付けろよ!!」
一度も肯定していないのに、勝手に勘違いした先輩や同学年の子が指笛を鳴らしたりしてそのテンションは上がりっぱなしだった。
「違いますよ、じゃ、ちょっと」
俺は一応釘を刺してから研究室を出た。
飲み会を開いていたのは大学構内にある研究室の一室だった。
廊下に出ると、俺に反応をして電気がつく。
廊下には人影はなく、さっき居た研究室にいる人たちの楽しそうな声だけが響く。
この建物のエレベーターは深夜0時を過ぎると止まってしまう。
だから俺は携帯を握り締めながら階段を下りた。
階段を下りるたびに静まり返っていく廊下には自分の足音以外には何も聞こえなかった。
玄関のドアを開けて建物から出る。
目に入ったのは星空だった。
そこでもう一度携帯を開く。
「阿部隆也」の文字をもう一度暫く見つめてからダイヤルボタンを押した。
呼び出し音が静まり返った夜に響いてる気がした。
「もしもし」
阿部の声は機嫌が悪そうだった。
「あ、阿部、俺だけど・・・あの、電話くれただろ?ごめん、今気付いた」
まるで言い訳してるみたいだと自分で思いながらそう口にした。
「今、一人か?」
阿部の言葉に俺は「今は一人、あ、でもまたすぐ戻らねぇと」と言う。
「・・・そっか」
「飲み会開いてもらってるんだ、ほら、今年から研究室決まったからその新歓と一緒にって」
「お前、酒飲んでんの?」
「ちょっとだけ」
「勧められたからって無理に飲むんじゃねーぞ、お前酒弱ぇんだから」
「分かってるって、自分でも限度知ってるし」
「ならいいんだけど」
阿部はそう言ったきり黙ってしまった。
俺は星空を見上げながら、携帯電話の向こう側の阿部のことを考えた。
「なぁ、さっきの電話の内容ってなんだったんだ?」
その言葉を口にする時、俺は無意識に手をぎゅっと握り締めていた。
「何でもねーよ」
暫く沈黙を落として阿部はそう言った。
「何でもねーわけないだろ、阿部がこんな時間に電話なんて珍しいし」
「何だよ、俺がお前に電話かけちゃいけねぇのか」
「そんなこと言ってねーだろ」
「じゃあ、何が言いたいんだよ」
「・・・」
「何が聞きたいんだよ」
阿部の口から祝ってもらいたいだなんて、恥ずかしくて言える訳ねーだろ。
俺はまた黙り込んでしまった。
阿部もそれ以上何も言わずに黙り込む。
目の前の星空がチカチカ光って、動いている。
それが飛行機だというのに気付くのは時間がかかった。
「あの、さ」
俺が口を開きかけた時だった。
「あれ?花井?こんなとこで何してんの?」
後ろから声がして振り向くと、研究室で飲んでいたはずのメンバーが次々と出てきた。
「あ、電話してんだ?わりぃーな」
先輩がそう言って、俺は携帯を抑えて「いいえ」と答える。
「あ、今からコンビニ行くんだけど、お前何かいるものある?誕生日プレゼント買ってやるぞー!」
「いらないって言ったら逆に花井に何か奢らせようぜ」
「何だよその鬼ルール!花井、ほら、何か強請らないと損するぜ!」
先輩たちの言葉に俺は思わず「羽田行きのチケット」と言ってしまった。
言ってしまってからしまったと思った。
その場で「いや、冗談です」と言うと、先輩たちが笑った。
「花井ホームシックかよ!電話の相手がかーちゃんに俺千円賭けるわ!」
「俺も!」
「じゃあ、俺は恋人に千円」
先輩たちがそう言って、俺の携帯を奪って「もしもし、どちら様ですか?」と電話に出てしまった。
阿部、絶対怒るよな、どうしよう、と俺が冷や汗をかいていると先輩の一人が「俺の勝ち」と叫んだ。
「へ?」
俺は訳が分からなくて目を丸くした。
「じゃあ、花井俺2千円儲けたから何か買ってきてやるなー」
賭けに勝ったらしい先輩が俺の手に携帯を押し付けて、手を振って歩いて去っていってしまった。
負けた先輩たちが「恋人かよー」と悔しそうに叫びながら後を追う。
「阿部?!」
俺が思わず阿部に呼びかけると、阿部が「恋人って言っちゃ悪いかよ」と言った。
「恋人、って、俺たちそんな」
「お前、俺のこと好きだろ?」
「何言って、」
「俺はお前のこと好きだ、だからお前も俺のこと好きだってちゃんと言えよ」
阿部の声が真剣だったからだ。
今まで必死に蓋をしようと、言葉にすることだけは避けていた感情があふれ出した。
俺は思わずその場にしゃがみこんだ。
「・・きだ」
「聞こえねーよ」
「好きだって言ったんだよ、俺だってお前のことずっと前から・・・好きだったんだよっ」
「そんなの知ってたよ、ずっと前からな」
阿部がそう呟いて、「付き合おうぜ、俺たち、うまく行くって、絶対」と言う。
俺は頷いた。
小さく、頷いた。
「・・・何で返事しねーんだよ」
「頷いただろ」
「電話で見えるわけねーだろ、このタコ」
「うっせーな、そんなの空気でも読めよ」
俺がそう言うと阿部が電話の向こう側で笑った。
俺も思わず笑ってしまう。
「俺たち絶対うまく行くって」
「ああ」
「付き合おうぜ」
「ああ」
「好きだよ」
「・・・俺もだ」
恥ずかしい言葉にもちゃんと言葉を返せたのは、顔が真っ赤なのが分からない夜の中だったからだと思う。
「ありがとな、」
「何が」
「色々、その、電話とか」
「お前出なかったけどな」
「それは悪いとは思ってたんだよ」
「なら、今度からワンコールで出ろよ」
「んなの無理に決まってるだろう、でも、出られなくても掛けなおすから、絶対に」
「ああ」
「じゃあ、先輩たち戻ってきたからそろそろ切るな」
「ああ」
「おやすみ」
「おやすみ、あ、花井」
「ん?なんだよ?」
「・・・誕生日おめでとう、それだけ、じゃあな」
阿部は俺の言葉も聞かずそこで電話を切ってしまった。
俺は、「ありがとうくらい言わせろよ、あの馬鹿」と呟きながら、それでも口元は緩んでいた。
耳元で「好きだ」と言ってくれた阿部の言葉とか声とか気持ちとかが恥ずかしくって、嬉しくって。
「花井電話終わったか?あれ、何お前ニヤニヤしてんだよ!」
そう言って先輩にどつかれたのは言うまでもない。
始まりの夜に
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