面白い奴を見つけた。
見つけたのは今より少し前で、視線を感じて振り返るといつもアイツがいた。
オレを見てるっていうのが分かって、面白いほどテンションが上がった。
昼休みのサッカーに本気になるのは、あの視線の所為だと言ったら笑われるだろうか。


雨が降って、サッカーが出来ない日だった。
つまんないと思っていたのだけれど、いい機会だと思って、アイツのいる場所へ足を運んだ。
いつもと同じように窓を開けて、そしてグラウンドを見ながらアイツは弁当を食べようとしていた。
遠くからじゃ顔もよく見えなかったけれど、思っていたより身長も高く、丸く刈り込まれた頭は野球部のオレとしてはとても好感が持てた。

「えっと、そうだ、名前何てゆーの?」
「あ、俺?花井」

はない、と小さく口の中で繰り返し呟いた。
面白い奴を見つけた。
そいつの名前は、花井、と言った。



梅雨は好きになれない。
雨が降らないとダムの水がなくなるというのはいくら馬鹿なオレでも知っている。
けれど、太陽が顔見せないとか、昼間からじめじめしてるのだとか、折角の部活が室内で出来るものに限られてくるとさすがにうんざりしてくる。
早く梅雨終わんないかな。
早く太陽出てきてくれないかな。
そんなことばかり繰り返し思ってしまう。

「田島、ご飯粒ついてるぞ」

そう言ったのは花井だった。
初めて会った日以来、昼休みは花井のところで過ごしている。
雨が降ってサッカーできないのもあるけれど、花井はいっつも弁当のおかずを分けてくれるからだ。

「そっちじゃない、こっち」

右手で右の口元を触ってたら、花井が左の口元についたご飯粒を取ってくれた。
オレは離れていこうとしていた花井の指をぱくっと咥えた。

「たじ、ま」

花井は驚いた顔をしている。
オレは花井の指からご飯粒を舌で奪ってから花井の指を離した。

「こういうこと、よくすんの、か?」

花井がそう聞いてきたので、オレは「ご飯粒を取ってくれようとするのって花井くらいだよ」と答える。
花井は「そっか」と苦笑した。

花井は大学4年生で、西浦に教育実習に来ている、らしい。
詳しいことはよく分からないけれど、聞いてもいないのに律儀に花井は教えてくれた。
担当は2年生らしく、オレは教えてもらうことはないけれど、接点はないオレにも花井はとても優しい。
妹が二人いるけど、本当は弟が欲しかったって言ってたから、もしかしたらオレのこと弟みたいに思ってくれてるのかもしれない。

「あ、からあげ!」

花井の弁当を見て、オレがそう言うと、花井は「ほら」と箸で上手にからあげをはさんでオレの口元まで運んできてくれる。
オレは口を大きく開けて、花井が口に入れてくれるのを待つ。

「うまい!」
「ははっ、ヒナに餌やってるみてぇ」

花井はとても楽しそうに笑う。
それがとても嬉しいけれど、何か、もうちょっと色気のある喩えがあるだろーと思った。
どうして色気が欲しかったのか全く自分でもよく分からなかったのだけれど。


オレと花井以外に誰もいない室内に雨音の音がしとしととずっと聞こえ続ける。
しとしとしとしとと鳴り止まないその音に嫌になってしまう。
もしかしたらオレにきのこ生えたりしてない?

「雨ばっかでつまんねぇ」

オレは窓から外を眺めながらそう呟いた。

「そうか?俺は雨も好きだけど」

花井のその言葉に、オレは花井の方を向いて、「えぇ?!だって野球もサッカーも出来ないんだよ?ずっと室内トレーニングばっかでもう飽きたの!花井も野球部だったんなら、分かるっしょ?」と不服そうな声で言った。

「まぁ、分かるけどさ」
「じゃあさ、雨の良さを教えてよ」

オレはそう言って花井の目をじっと見つめる。

「唐突だなー。んーたとえば、ほら、」

花井がそう言って指差した先には、飴玉みたいな色の紫陽花が雨に濡れていた。

「雨降ってると、紫陽花が映えると思わねぇか?」

「はえる」って言葉の意味を知らないけれど、多分「きれい」ってことなんだろう。
確かにすぐそこで咲いている紫陽花は雨に濡れてとてもきれいだった。
けれど、花井が言ってくれるまでそこに紫陽花が咲いてることにもオレは気付けなかった。
すぐそこでこんなにきれいに咲いてることにも気付けなかったんだよ。

「なんか、すっげー美味しそう」
「花より団子か、まぁ、田島っぽいな。ほら、飴玉ならあるぞ」

そう言って花井は机の中から飴玉を取り出してオレに手渡してくれる。
その飴玉は紫陽花と同じ色をしていた。
包装されている袋まで可愛かったけれど、オレはそれを躊躇いなく破り、飴玉を口に運ぶ。
脳が溶けそうなほど甘ったるい味が口の中に広がった。

「花井って甘党?飴とかよく持ってるね」
「あ、これは生徒がくれたんだよ」

花井もそう言いながら飴玉を口に運んだ。

「ふーん、女子?」
「そりゃ女子だろ、男子からこんなもの貰うわけないって」

花井はそう言ってまた楽しそうに笑っていたのだけれど、何となくオレは面白くない気持ちになって、「ふーん」とだけ呟いた。
そして口の中の飴玉を噛み砕いてしまった。

花井は「何噛んでるんだよ」と少し呆れたような声で言ったけれど、オレはもっとちょうだいと言ってそれから花井が女子からもらったという飴玉を全部あっという間に噛み砕いて飲み込んでしまった。

「お前なぁ、ほら、まだオレのは1個目が残ってるんだぞ?」

花井はそう言って、舌の上にのせた少し小さくなった飴玉をオレに見せた。
飴玉の薄い赤紫の色が舌にうつっていて、思わずオレはごくりと唾を飲んでしまった。
花井はすぐにその舌を引っ込めたけれど、オレの心臓は何だかざわついてしまっていて、花井の口の中にある飴玉もちょうだいって言ったら花井はどうするんだろう、と考えてみた。
けれど結局言葉にすることは出来ないで、小さくなっていく花井の飴玉みたいに、こんな変な気持ちも小さくなってなくなっちゃえばいいのにって思った。





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