「好きだよ」

そう呟いた水谷の声を聞こえない振りをした。
黙って寝たふりを続けていると、頬に柔らかい髪が下りてくるのが分かる。
ふわふわと、くすぐったい髪が下りてきて、唇を頬に押し当てられた。

それでもずっと気付かない振りをしていた。

水谷は暫く俺の顔を眺めていたが、飽きたのか去って行った。
足音が遠ざかり、消えていったのを確かめて俺は瞼を開いた。
すっかり夕日が沈んだ真っ暗な教室で、水谷は俺の席の前の席に座って俺を見ていた。

「やっぱり、起きてると思ってた」

そう言ってくすくす水谷は笑う。
俺は居たたまれなくなり、「寝てた」と言う。
その声はなんだか拗ねているようで居心地が悪い。

教室は電気も点いていなくて、もちろん俺と水谷の他には誰もいなかった。
水谷は前の席の椅子ではなく、机に座っている。
暗い教室の中で、水谷の瞳は更に濃い闇の色をしている。
その色に一瞬声が出なかった。

「花井はさー、嫌なら嫌だって言っていいんだよ?」

水谷の腕が伸びてきて、俺の坊主頭を撫でる。
平熱が俺よりも高いらしい水谷の手のひらは暖かく、俺は何故だか安心してしまう。
こんな風に人の心を掻き乱すような行動しかしない水谷の手のひらに、安心なんてしてしまうんだ。

「嫌なんて思ったことねー」

俺が机の上を見ながらそう呟くと、水谷が「うそだー」と本当に信用していない声で言った。

「絶対それ、嘘だよー。花井はさー優しいんだか酷いんだか分んないねー」

そういうとこも好きなんだけどさ、と水谷は自嘲気味に笑いながら言う。
そう言った水谷に、俺は顔を顰めること以外出来なかった。
簡単に「好き」とかそういう言葉を口にする水谷の思考回路を理解できないし、俺は信用できない。
言葉だけが甘くて、でもそんなものに依存なんてしたくないからだ。

「花井はさー、嫌なら振り切って逃げてもいいんだよ?」

俺の頭に頬を寄せた水谷がぽつりとそう呟いた。

吐息が頭にかかる。 温かいその温度に、水谷は生きているんだな、なんて脈絡もなく思った。

「そしたら、お前は追っかけてこないだろ?」

そう尋ねると、水谷は「うん。おっかけないよ」と笑う。

一度でも俺が引けば、水谷は未練なんて一切感じずに俺の前から去ることが出来るのだ。
器用に離れることが出来る。
きっと思い出すことすらしないのだろう。
こんな風に触れたことも、好きだと囁いたことも、きっと何もかも。
そんな水谷に俺の方が未練を残すなんて、とても馬鹿げている。

「だから、逃げねぇよ」

俺の言葉に水谷が驚いたような声で、「何かそれ、愛の告白みたい」と呟いた。
愛の告白なんだと肯定しなかったのは、何となく悔しかったからだと思う。
俺ばっかりな気がして、とても嫌だったのだ。

「花井、」

優しく名前を囁かれ、ふと視線を上げると水谷が微笑んでいた。

「大好き」

まるで甘えるように俺に抱きついて、水谷は首筋にぐりぐりと頭を押し付けた。
柔らかい髪が首筋に絡みつく。
あまりにもくすぐったいので俺は笑いながら、水谷の背中に腕をまわした。








砂糖漬けの愛の言葉




(溺れてしまうなら、いっそ二人で)